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浄土真宗のお坊さんのブログ

ないものねだりから あるもの探しへ
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念仏申せるように生活すべし



 現世を、すぐべきようは、念仏の申されんかたによりて、すぐべし。念仏の障りに、なりぬべきしからんことをば、いとい捨つるべし。一所にて、申されずば、修行して申すべし。修行して、申しされずば、一所に住して申すべし。聖て、申しされば、在家にて、申しされされずば、、遁世して申すべし。一人、籠もり居て、申さずば、同行と共行して申すされずば、一人籠もり居て申すべし。
 衣食適わずして、申されずば、他人に、助けられて、申すべし。他人の、助けにて申されずば、自力にて申すべし。妻子も、従類も、自身助けられて、念仏もうさん為なり、念仏の障りに、なるべくば、努々持つべからず。所知所領も、念仏の助業ならば大切なり。
妨げにならば、持つべからず。」惣じて、これをいわば、自信安穏にして、念仏往生を、遂げんが為には、何事も、皆念仏の助業なり。三途さんずに帰るべき事をする身をだにも、捨て難ければ、顧み、はぐぐむぞかし。まして往生すべき、念仏申さん身をば、いかにも、育み、持てなすべし。
 念仏の助業ならずして、今生の為に、身を貪求するは、三悪道の業となる。往生極楽の為に、自信を貪求するは、往生の助業となるなり。

法然上人



 あえて現代語を書きませんが、そう難しいことが書いてあるわけでもないので、繰り返し読んでみていただければと思います。法然上人はこれこれこうしなさい、あれはこうしなさいと言っているわけではなく、ただお念仏が申せるように生活しなさいと説いておられます。浄土真宗のご家庭の方によく聞くのは、浄土真宗は法事の時もお彼岸も特別な飾り付けをしなくても良いので楽ですというものです。しかしそれは違います。浄土真宗は日々がお盆であり、彼岸であります。一瞬一瞬において彼岸を歩む者なのです。それを「極楽浄土の門の前に座るやから」として「門徒」と呼ぶのです。すべてはお念仏を申すため、寺参りをし、ご法話を聴くため、そのことを生活の中心に置いて生活するということなのです。そのために質素な様式にしてあるのです。

 仏教では、生死流転という言葉をしばしば使います。これは、今までの人生において、自分はどう生きてきたのだろうかということを問い直す時、「生きるとはどういうことか」を考えず、ただ、社会的(世間)が用意したレールの上を、それからはみださないように穏便に済ませてきただけの人生であったということを言い表した言葉なのでしょう。世の大人もまた、子どもがそのことを考え始めると、そんなことよりもやることがあるだろうといって、「問い」そのものの価値を封殺してきてしまいました。なに、大人もまたお釈迦様から見れば「自分を証明したいという欲」に執着し、結果として人生には何も残らなかったということに「気づきたくはない」がために、さも何かをなしえたように「思い込もう」としていて、それに躍起になっているのでしょうね。私も同じ大人の一人です。

 法然上人がお念仏を生活の中心に置きなさいと言ったのは、自身を見つめ、自分自身を知らない限り、自分の外へ外へと求め、何を手に入れたとしても、それはもろくも手のすきまからこぼれ落ちていってしまうということなのでしょう。私自身を振り返ってみても、何かを求め、その「何か」とは何かがわからず、それを幸せとか安心という漠然としたものに変換してはみるものの、結局は何を得ても、得たものはすでに価値を失い、結局は「空しさ」だけが私のもとに残りました。いや、ひねくれ者の私はその空しさを見つめることさえせずに、他の何かで埋め合わせをしよう、気づかぬふりをしようとしていたのだと思います。もちろん当時の私にはそのことに自覚的ではありませんでしたが。

 仏教は死んだ人のためのもの、というイメージが日本には定着してしまっています。しかし、本当の仏教は、あなたが生きるとはどういうことなのか?自分とは何かのか?を学んでいく道です。それは現代の学校教育では教えてくれないことなのでしょう。ただ、間違えないでいただきたいのは、どうやったら自分が楽になるかというような、自己を肯定する道では仏教はないということです。自分自身を解体し、「生」とは何なのかを問う、問われることであり、自分とはいかなる不合理で、「よくわからないもの」なのかを知っていくということなのでしょう。

愚身の信心におきてはかくのごとし。このうえは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々の御はからいなりと云々

『歎異抄』



 別に好きなように生きて好きなように死ねばそれでいいさという人はそれで良いと思います。しかし、そのことを声に出して「言わなければならない」ことそのものが、それ以外を求めている、不安を覆い隠しているのではないかと自身に問うてみることが大事なのでしょう。仏様は自身と向き合っていくことによってのみ出遇えると私は受け取っています。


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